研究概要
領域代表者あいさつ
研究期間の終了と活動継続のご挨拶
質感脳情報学領域では、私共の生活にもなじみが深い一方、科学的な解明が進んでいなかった質感の問題を、工学と心理物理学と脳科学の研究者が連携して解明に取り組んで参りました。おかげさまで分野間の交流が大いに進み、新しい学際的な研究分野としての質感の科学が着実に発展しています。質感脳情報学領域は平成27年3月を持ちまして5年間の研究期間を終了しましたが、成果取りまとめを目的とした終了領域に採択され活動を継続しています。終了領域では成果取りまとめに加え、これまで作り上げてきた質感研究の交流の場とエネルギーを維持し発展させるために関係者と協力してさまざまな取り組みを進めているところです。このたび5年間の研究期間の終了にあたり多くの方に質感研究の意義と面白さを知っていただきたくパンフレット(「質感・情報・脳」)を作成いたしました。ご覧いただけるとありがたく存じます。なお冊子体をご入用の際は事務局までご連絡下さい。
今後とも質感の科学の発展のため、領域関係者一同力を尽くして参りたいと存じますので、ご支援の程どうぞよろしくお願い申し上げます。
敬具
平成27年4月
文部科学省科学研究費補助金 新学術領域研究
質感認知の脳神経メカニズムと高度質感情報処理技術の融合的研究「質感脳情報学」
領域代表 小松 英彦
領域事務局 中内 茂樹
URL: http://shitsukan.jp/
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≪事務局連絡先≫
〒441-8580
愛知県豊橋市天伯町雲雀ヶ丘1-1
豊橋技術科学大学大学院工学研究科
中内 茂樹
tel: 0532-44-6779
fax: 0532-44-6757
e-mail: nakauchi@tut.jp
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領域パンフレット「質感・情報・脳」(PDF:8.5MB) |
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私たちは多様な質感の知覚を通して、現実世界の豊かさを実感するとともに、事物の素材や状態など、生存に不可欠な情報を得ています。それらの情報は物体認識、運動制御、情動生成、価値判断など外界と適応的に関わるための重要な生体機能に用いられます。また質感の情報は、視覚、聴覚、触覚など個々の感覚により得られるとともに、感覚種をまたがるクロスモーダルな性質を持ちます。
本研究領域では工学、心理物理学、脳科学の緊密な連携により、質感認知に関わる人間の情報処理の特性を客観的に明らかにしつつ、その基盤となる脳神経メカニズムの解明を進めます。また、質感認知の科学的基礎の理解に基づきつつ、質感情報の獲得や生成に関する工学技術の発展を推進します。
本新学術領域研究の推進により、質感を体系的に扱う「質感の科学」とよぶべき学際的な学問領域の形成が進み、質感認知が関係する芸術や工芸をはじめ、衣食住のあらゆる側面において私たちの研究成果が寄与することができると信じています。
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「質感認知の脳神経メカニズムと高度質感情報処理技術の融合的研究」
領域代表 自然科学研究機構・生理学研究所・感覚認知情報研究部門 |
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領域パンフレット(PDF:2,350KB) ダウンロードはこちら |
本研究領域のねらい
私たちはある物体を見ただけで、その素材について、金属、プラスチック、ゴム、木、ガラス、布、あるいは皮でできている、といったことを瞬時に認知することができます。さらにその物体の手触りや柔らかさ、摩擦、温度、新鮮さ、濡れて滑りやすいといった複雑な状態も瞬時に判断できます。私たちは事物が生み出すそれらさまざまな質感から、世界の豊かさを実感すると共に、物を選んだり、身体運動を制御するための生存に不可欠な情報を得ています。
物体の質感をいかに表現するかという問題について、芸術家は何世紀にもわたって多くの試みを積み重ねすぐれた質感表現を生み出してきました。しかしそこで培われてきた技法への理解は多くの場合直感的なもので、科学的・工学的な理解とは距離があります。また、近年コンピュータグラフィックス(CG)技術などが高度に発達して、非常にリアルな映像で世界を表現できるようになっていますが、そこで発達してきたのは物理的な光学過程をシミュレートして画像生成する技術であり、生成された画像に含まれたどのような情報が質感認知に関わるのかはよく分かっていません。質感を生み出す情報は、物体の反射特性、三次元形状、照明環境が相互作用して作る複雑な高次元情報として画像に埋め込まれており、人間はその情報を読み解くことができますが、それがどのような脳内情報処理によって実現されているかは未だに謎のままなのです。
本研究領域は、「質感認知のメカニズムの理解」を目指し、工学、心理物理学、脳神経科学の学際的な研究者集団の力を結集して研究を推進します。そのために以下の3つの研究項目を設定しています。
A01 質感の計測と表示に関わる工学的解析と技術
A01班では、自然画像処理やCG、コンピュテーショナルフォトグラフィの最先端の理論とテクニックを使って広い範囲の質感画像刺激を体系的に作成し、忠実に刺激を再現する新たな呈示方法を開発します。また、画像から物体形状、反射特性、環境の光源分布を推定するインバースレンダリングの枠組みを拡張させ、新たな質感推定アルゴリズムを開発します。
B01 質感認知に関わる感覚情報の特徴と処理様式
B01班は心理物理学的手法を駆使し、私たちが感覚刺激に含まれるどのような特徴を使って素材を識別し、質感を認知しているかについて実験的に解明を進めます。その成果をもとに工学班と共同で質感の定量的測定や機械認識、質感コントロール技術の可能性を探ります。また、脳神経科学班と連携して、質感判断に相関する画像情報ができるだけ単純な形で表現できる刺激体系の構築を目指します。
C01 質感情報の脳内表現と利用のメカニズム
C01班は、他の班との共同研究で得られる質感認知に重要な情報の理解の上に立って、脳科学の方法を駆使して質感認知に関わる脳内処理の解明を進めます。そこでは、質感認知に関わる情報が脳のどこでどのように表現されているのか、それらの情報が質感認知にどのように用いられているか、また情動とどのように結びついているのかを、ニューロン活動記録および脳機能イメージング法など多様な方法を組み合わせて究明します。
工学・心理物理学・脳神経科学の連携による融合的質感研究の推進
これら3つの研究班は異なる角度から共同して質感認知に重要な情報を究明することになります。その一つの鍵となる戦略として、最先端の画像記録・合成・表示技術を用いて極めて精細かつ大ダイナミックレンジで高度な質感を再現する手法を開発します。そうした刺激をさまざまに操作して質感判断がどのように変化するかを調べることで、質感認知に重要な特徴の理解に迫ることができます。
また画像のリアリティは理性的な認識だけでなく、無意識的な行動制御や情動システムに直接的に訴えかけます。このようなメカニズムは本研究領域の重要な研究対象です。さらに、視覚以外の聴覚、触覚、嗅覚、味覚などの感覚も質感知覚において重要な役割を果たしており、それらの感覚モダリティにおける質感理解も研究対象となります。特に触覚に関しては視覚によって得られる質感と密接なつながりを持ち、見ただけで触った感じが分かるといったクロスモーダルな情報処理がどのように行われているかは重要な問題です。
また、質感の認知に関わる特徴識別の能力は学習により高度に発達し、特定の質感識別を専門に行うエキスパートが存在します。このようなエキスパートのもつ質感識別能力の理解やその獲得の仕組みも重要な研究課題です。このような研究を効果的に進めるための共通設備としてコントロールされた心理物理実験室を積載したモバイル・ラボを導入し、質感識別のエキスパートと素人の比較を可能にします。
質感情報の脳内表現に関する研究は、最先端の工学を道具として用いるだけではなく、それ自身極めて工学的な問題です。人間が用いているヒューリスティクスや神経情報処理のメカニズムを参考にすることにより、インバースレンダリングの限界を超えた質感推定アルゴリズムの開発を目指します。また人間の質感判断のメカニズムの理解によって、効率的なCGレンダリングや画像圧縮が可能になると考えられます。いずれも、リアルな質感を生み出す高次元情報の特定と、それを計算する神経メカニズムの解明が研究の鍵となり、心理物理学分野および脳神経科学分野と工学分野が緊密に連携して研究を進めます。これら広範な工学への展開は、我々が提案している質感認識に関するこれまでになかった分野横断的な研究の進展により初めて可能になるものと考えています。
これまでにデザイン、工芸、芸術やさまざまな産業分野で独自にすぐれた質感の追求がなされています。私たちの研究領域では、それらの社会の各分野で蓄積された技術や知識を取り込んで研究を発展させると共に、逆に私たちの研究成果として得られる質感認知の基礎となる知識をそれらの分野に還元したいと考えています。私たちの領域の研究により、質感を記述する基本的な軸の解明が進み、質感の計測や操作、再現をより系統的に行えるようになることが期待されます。それにより、質感を体系的に扱う「質感の科学」とよぶべき学際的な学問領域の形成が進み、質感認知が関係する芸術や工芸をはじめ、衣食住のあらゆる側面において私たちの研究成果が社会の広範な活動に寄与することができると信じています。